一年の内で一番甘い日、その認識は強ち間違いでは無いだろう。
持ち込みは禁止だと教師達が口酸っぱく話したはずにも関わらず、こっそりと持ち込まれたチョコは後を絶たない。
結局、段ボール二箱強のチョコは持ち主の努力も虚しく風紀委員によって没収され、雲雀の根城である応接室へと運び混まれた。
「…甘ったるい」
「そう? 甘い物は今の君には丁度良さそうだよ」
ぼそりと零した言葉に応えがあったところで、今更雲雀は驚きもしない。
言ったところでどうにもならないことは過去の遣り取りで解っているのか、それとも気に留めまいとしているだけなのか。
どちらにせよ、雲雀の背後に突如現れたアラウディには関係ないらしく段ボールから覗くチョコを手にとっては眺めている。
「…何がどうしてそうなるの」
「今の君は疲れてるように見えたからね」
「気のせいだよ」
「そう? 僕に殴りかかってこないのが良い例だと思うけど?」
だから何、そう言わんばかりに狐疑の視線を投げる雲雀にアラウディが口角を上げる。
その様に雲雀の背をさぁっと冷水が流れ落ちた。
今まで碌な事があった試しがないのだから、それは至って純粋な反応と言えよう。
逃げを取るのは性に合わないからこそ、愛器であるトンファーを懐から取り出そうとするよりも早く銀色が空を切った。
「何、逃げることなんて無いじゃないか」
「逃げてない!」
「武器を取り出そうとした時点で大差ないよ、そんなの」
「そんなこと無い」
「どうだかね」
挑発に乗りやすいのは雲雀の欠点の一つ。
一言で面白いくらいに煽れるのだから、アラウディが笑みを深めてしまうのも致し方ない。
それに比例するように雲雀が眉間の皺を増やす事も、言ってしまえばよくあることだ。
「出て来たなら戦いなよ」
「…飽きないね、君も…。疲れてるなら控えようと思わないの?」
「目の前にあなたが居るのに? 無理に決まってるだろ」
「それは光栄だね」
言葉の合間にすらクツクツと喉を鳴らすアラウディに戦意を殺がれたのか、雲雀は大仰に溜息を吐いてソファに再び腰を下ろすとそのまま横になった。
始業前からこの疲労では放課後の取締まで持ちそうに無いと判断したのか、アラウディを無視して睡眠体制に入る。
視界を遮るように腕を額に乗せた姿にアラウディは手元のチョコと雲雀を交互に見遣ると音も無く傍へと寄っていく。
口元の笑みが深められたことに雲雀が気付くはずもなく。
「…ねぇ、疲れたときは甘い物が良いんだよ?」
「…っ、は!?」
「ほら、糖分」
上体を倒して口移しでチョコを与えるアラウディが瞠目した雲雀の目に映る。
近すぎて正確に視認できては居ないこともあり、事態を飲み込めて無いらしい。
呆然としている間にアラウディが唇を舐めてするりと舌を滑り込ませると漸く我に返ったのか抵抗を始める。
けれどもそれはアラウディの予測の内で、両手を縫い止めると逃げを取った舌を絡め取った。
「…ッ、ん、ぅ…ッ!」
「…ふ、いい加減に慣れたら?」
「…慣れて、たまるか…ッ」
「それじゃあ、慣れさせてあげる」
口元を強引に拭った雲雀に、今度は違う種の笑みを浮かべたアラウディがのし掛かる。
片足を腰の真ん中に乗せたせいか、雲雀が起き上がることは無い。
今度は抵抗を覚える間もなく両手を頭上に縫い止められると、雲雀は呆れたように息を吐いて最後の抵抗とばかりに睨み上げる。
片手に持ったチョコを口に含んだアラウディに、柄にも無く誰も来ないように祈る雲雀だった。
2012バレンタイン